牢獄機械文書群

"DARA DA MONDE" 創刊
Mardo 07-a 11:52

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静岡市清水のオルタナティブスペース・スノドカフェさんより、芸術批評誌 «DARA DA MONDE» が創刊されました。先日の日記でお伝えしましたように僕の短篇小説「物語をしらない小鳥たち」も掲載されています。


表紙は仮装パフォーマンスグループのノーマジーマモーテンテンさん。昭和のとある家族 "野間家" の一コマです。(ロケ地:パリ)


内容をほんのすこし紹介します。


まず創作では大岡淳さんの新作戯曲「哲学劇 馬鹿の国と阿呆の国」が収録されています。いわゆる物語が一直線に進行するものではなく、第一部に馬鹿の国、第二部に阿呆の国、とふた色の劇が展開されます。


僕は舞台芸術公園での初演を観ましたが、議論や物語の形式を使った、言葉に重きを置いている作品のように感じました。


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巻頭にはスノドカフェさんでの座談会、そしてアトリエみるめさんでのシンポジウムが収録されています。(2010年12月23日に「帝国」を観劇した寿町倉庫は「アトリエみるめ」として生まれかわりました。)


シンポジウムは僕も観覧しましたが、静岡から芸術を発信することについて再考するという点に特に興味を惹かれています。


演劇のみならず小説に置き換えて考えてみることもできます。たとえば文庫本や電子書籍などはポータブルですが、創作の発生源となる土地は持ち運びができません。畑の作物は高速道路上を流通できても、畑じたいは運び出せないのと同じ理窟です。

気候や一年のめぐりかた、地形や土の性質など、作物を育てる過程で土地というものが重要なように、小説を書くにも土地は大きな意味を持っていると僕は考えています。そのままの経験に限った意味でなく、飛躍する前の想像力の種として、森は木を見なければ書けないと思うからです。


詩人佐藤雄一さんによる批評「ポエトリーリーディングに関する走り書き的覚え書き」は、なぜ私はポエトリーリーディングを嫌うのか、を出発点とし、他者を重んじる Cypher を含むエクササイズに、言語による芸術の可能性を見出しています。


DARA DA MONDE は県内の書店・ギャラリーで販売されます。

また公式サイトではEメールでのご注文を受け付けていますので、県外の方もぜひご一読いただければと思います。

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