牢獄機械文書群

6月あれこれ
Mardo 03-a 19:13

6日発売の『群像』8月号に、小川洋子さん『最果てアーケード』(講談社)の書評を寄せています。さまざまな「思い出」との交わりによって少しずつ自分の思い出を紡ぎ出す人々の描写が印象的でした。本書はコミックス作品の原作として書かれています。


5月、6月はかなりめまぐるしいスケジュールでした。特に田植えと仕事を両立するため、数日おきに電車で移動・帰省するのがちょっと忙しかったです。しかし演劇やエスペラントなどはその間を縫って出かけてみました。


■芹沢光治良

5月19日には『巴里に死す』(勉誠出版)刊行記念に開かれた芹沢光治良文学愛好会による講座で、桜美林大学の勝呂奏さんのお話を聴きました。本書は日本のみならずフランスでも高い評価を受けた作品です。出版された1943年当時の日本の状況についてや、本書が戦中に書かれたベストセラー書の中では異彩を放つといってもよい、戦意昂揚を目的としない文学作品であることなど、さまざま刺戟を受けるお話がありました。(作品自体についても思うところがありますが、この記事では割愛します。)

また翌週23日には文化サロン「からすうり」さんでの『人間の運命』読書会に参加しました。

芹沢光治良については、地元の作家であるというのみでなく、海外で活発に翻訳された日本人作家であるという点で注目すべきではないかと思っています。父の信仰のために貧しい少年時代を強いられながらも、ソルボンヌ大学に留学したのち作家活動に勤しんだという特異な経歴も魅力的です。


■演劇

5月12日にはアトリエみるめで上演された劇団渡辺による『幸せ最高ありがとうマジで!』(原作・本谷有希子)を観劇しました。劇団渡辺で原作のある作品を上演するのはめずらしいとのことで、農作業を急ピッチで一段落させて、そのまますべりこむように静岡に向かいました。観て良かった。特に主演の蔭山ひさ枝さんの動きや表情が瞬間ごとに鮮やかで、とても楽しみました。翻って、感想を書くにはとても難しい作品でした。破綻なく整っている作品であると思いますし、だからこそもっと咀嚼したかったとも感じます。物語を展開させる手法について小説に置き換えながら考えさせられました。

6月はSPAC演劇祭でした。これについてはまた次回の記事で詳述します。


■エスペラント

エスペラントとの縁は不思議なもので、いつの間にか「中間言語」「橋渡し言語」としてのエスペラントというものに強い関心を持つようになっていました。(最初は単なる好奇心でしかなかったのですが。)某日たまたまブックカフェで購入したウンベルト・エーコ『完全言語の探求』を読み、終盤になって展開されたエスペラントについての記述が、とても得心のゆくものでした。

6月16-17日に行われた関東エスペラント大会にも参加しました。諸事情で途中参加になったのですが、参加できて良かったと思います。大会についてはエスペラントの日記で書きました。

大会を通じて得たものはとても多かったのですが、最も印象的だったことのうち一つを挙げれば、ベトナム戦争とエスペラントの関わりについての話を聴いたことです。ここで詳述する代わりに、こちらのブログの記事にリンクを張らせていただきます。


たとえば、日本にいながら僕たちが知るアメリカという国は、ドラマや映画の中に構築されているように思います。セットで作られたフィクショナルな風景と俳優たちの演技にそのままアメリカを見ているのではないかと思うのです。

他に自分についていうと、僕が思い浮かべるアルゼンチンの風景は、テレビの旅行番組に映ったものか、ボルヘスやフアン・ルルフォの小説の中に見るもので構築されています。

つまりはそのように、ある国の生きた風景を想像する場合に、虚構作品は大きな役割を果たすのではないかと思うのです。ベトナム戦争時にベトナム文学が翻訳されたことは、その国の現実を想像する手がかりとして有効だったのだと思い、文学と言語について新たな視点を教えてもらったように思いました。

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