牢獄機械文書群

Rupo が帰る
2014-06-24 18h09 Mardo

愛機だった東芝 Rupo (JWR2) が家に戻ってきた。友達に貸していたのだった。だが残念ながら、使い物になる状態ではなかった。機械自体も古いし、保存状態もかなり悪かった。画面には線が幾筋かはしっていて、フロッピーディスクドライブは完全にいかれてしまっている。文書の保存すらできないため、小説を書くのに使うなんてのは以ての外というしかない。

僕が Rupo を使って物を書くのは本当に久しぶりのことだ。道具が変われば文体も変わってくる。言うまでもなく、この文章は Rupo で書いている。僕が使った「文章を書くための道具」の中で、Rupo は一番長い付き合いだったと思う。十二歳のときに、お小遣いを貯め、質屋さんで中古の Rupo を購入してから、自分で言うのはおこがましいけれども、膨大な量の小説を書いた。「牢獄詩人」を書く少し前まで、このワープロを使っていたのだが、だんだん機械の調子が悪くなってきて、ついにノートパソコンを購入したのだった。友達に貸す前から、すでに瀕死に近かった。

しかし、実際に、もうどうにも手を施す術がないのを目の当たりにすると、切なく、懐かしく、どうにかして元の状態に戻してやりたい気持ちになる。

僕はそれで、さっき触れた、Rupo の後に使っていたパソコンのことを思い出した。そのパソコンも『塔の中の女』を書いている最中に画面が壊れてしまい、急遽モニターを買って外部接続し何とか書き上げたのだが、結局、機械本体もだめになってしまった。そのときも随分悲しい気持ちになったのだが、Rupo は僕の、文学の中で生きてきた少年時代の全部に関わっているから、一層思い入れがあるのだ。

この、思い入れというものが、文書を書くときの心に深く関係しているような気がする。

たまに人前で話す機会があると、小説をペンで書くか、それともタイプか、と質問を受ける。Rupo のことをあれこれと語ってきたが、実際は手書きの原稿も多かった。先日、部屋を整理したとき、自分の記憶していた以上に沢山の原稿用紙が出てきて、しかもすべて鉛筆で書かれていたので驚いた。現在の遅筆の僕では考えられないようなことだが、二百枚以上の小説を僕は十四歳の時に鉛筆で書いていたのだった。
 他に、僕がありありと覚えているのは、ブルーグレーという色のボールペンを好んで使っていたことだ。残念ながらこの色も、随分前に廃番となってしまった。その直前に、僕はリフィル(交換芯)を一気に買っておいた。その備蓄が尽きてしまったあとは、別の、近い色を使っていたが、文体は変わった。冗談のような話だが本当だ。文体を決定するのはソフトウェアばかりではないと僕は思っている。だから、自分が過去に鉛筆で小説を書いていたことは驚きだった。そのころ、鉛筆は日記を書くときに使うと決めていたからだ。

いろんな筆記用具を試した。全篇毛筆で書いたこともあったし、手書きとタイプを半々にして書いたことも少なくなかった。けれど今、Rupo を打っていて、よく手に馴染むことにびっくりしている。何しろ七年間くらい使っていなかったのだ。それなのに手が操作を覚えている。けれど残念ながら、この機械をこの先使うことはないだろう。

もしかしたら、またどこかで中古品の Rupo を見かけて買うなんてこともあるかもしれない。そのとき経済的余裕があればの話だ。まだ書きたいことは山ほどあるけど、この辺にしておこう。ただ、長い間ずっと書かずにいたオンラインの日記を夢中に書かせたのは、十七年前に出会った、文書を作ることだけしかできない機械であることは、単なる懐古趣味にとどまらない事実だと思う。

inserted by FC2 system