牢獄機械文書群

「別れ」
2015-02-18 04h15 Merkredo

早稲田文学2015年春号に、短篇小説「別れ」を寄稿した。

偶然の巡り合わせが重なって、ようやく小説を書くことができた。この数年間は、物を書くことが困難だった。誰でも文章を書くとき、自分の意識の背後に批判者がいるはずだと思う。その批判者の辛辣さがひどくなり、仕事でなくても、この日記の文章にさえも、やたらと目を光らせるのだ。その息苦しさは、叫び出したくなるほどだ。僕は自分自身のことが心底いやになり、いろいろと勉強をしてみようという気になった。

たとえば旅をした。ほかには言語を学んだ。歴史や民俗学、さまざまな講座や催し、公開講義に行ってみた。エスペラントの催しにも頻繁に出たり、自分でやってみたり、外国の友人たちを案内したり、とにかくさまざまなことをした。
 そして忙しくなりすぎてしまって、満足に眠ることができなくなってしまった。そこで、課題となっていた事柄を整理して、自分の時間を増やすために苦心した。自分の頭が悪すぎて、もうおしまいなんじゃないかと何度も考えた。しかし、毎日TODOリスト(その日にやることの一覧表)を作成することで何とか理性を持ちこたえた。

人は、そんな物の言い方は大げさだと思うかもしれない。けれどもそれまでの僕の生活はとても単純だった。言ってみれば、農業と読書だけが僕の毎日の中での催しだったのだ。

僕は気軽に文章を書いたり読んだりすることができない。だからメールのやりとりでさえ最初は苦労した。しかしこういったことはだんだんと慣れていった。とにかく大量のメールを送受信し、大勢の人に会わなければならなかった。腹の立つこともあったが、だんだん慣れていった。それでも僕は僕自身に全然満足できなかった。その不満の最たるものは読書量の少なさだ。これはもうどうしようもない。気長に構えて読んでゆくしかない。

良いことも勿論たくさんあった。一番良かったことは、面白い人たちに出会ったことだ。彼らは、僕が気づかなかったところで面白おかしい世界を構築してくれた。面白いと言うと、「興味深い」とか「好感が持てる」とかいった意味にとらえられるかもしれないが、正確にはそうではなくて、自分が考えていなかったことを見せてくれるという意味――とにかくそうでなければ、頭で想像したとおりのことしか書けなくなってしまう。眠りの中で夢を見るとき、自分が知らなかったような、考えていなかったようなことが起きたり、言い表されたりすることがあるが、それは本当は倫理観や効率のために抑圧されているだけで、実は知っている、考えていることだ。個性的な他人と会うとき、それと似た刺戟がある。しかも、本当に知らなかった、考えてもみなかったことだったりする。この未知のものを操ることが、僕にとって小説の一番の楽しさなのだ。

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